九代目言聞録

8.僕の片思い ~バイヤーとの商談がまとまるにはあと3年はかかるだろう~

はじめは僕はひどく不愉快だった
僕は片思いしている・・といっても恋の話ではない。国内屈指の某有名百貨店のバイヤーについてである。このバイヤーはとても魅力がある人だ。毎回打ち合わせの度にヒントをくれるので僕の心は「やられてしまう」。僕は最終的にこのバイヤーと取引させていただくことが百貨店の高き最終目標と考えている。
僕たちの会社では社員ほとんどが飛び込み営業に近い形で取引先を作ってきた。当然、その中には人の協力や紹介があるけれど、それも連絡先を教えてくれるというぐらいで、ほとんど飛び込みに近い状況である。さらに商談先も最近若い人が増え「おたふくわた」という名前を知らない人が多い。僕たちもその方が名前に頼らず営業としてのの本領を発揮できるからやり甲斐はあるが・・・。
僕があまり問屋さんを頼らないで飛込み営業ばかりする理由はそこに人と出会う「感動」があるからだ。そもそも前の会社でも飛び込み営業をすることだけが僕のとりえだから、動くのは容易いのだ。最近当社の社員もその感動を経験している。
ところでこの大好きなバイヤーも一応そういった人の紹介があった(これも連絡先を聞いただけ)のだが、それ以外は何もない。だから、はじめて会った時には紹介と思えないぐらい無愛想だった。「何の用?」「いまさら木綿ふとん」という雰囲気を出していた。
最初の出会いは今から2年前ぐらいになる。正直言うと僕は最初は不愉快だった。「だったら会わないでください」と言いたくなるぐらい色々といじわるな質問をされたり話を聞いた。そして忙しいとは言え商談中は何十回も鳴り響くバイヤーの携帯に出ては会話していた。これじゃ全然打ち合わせにならないのだ。僕は帰り際のエレベーターで「老舗とはいえこんなものか」と悔しくて握りこぶしを握っていた。
だが・・・数日経つと僕はそのバイヤーの姿を思い出して色々考えた。今までの商談は相手先も多少興味があって会ってきた。だからおたふくわたに好意的な態度が多かっただけだと・・。前の会社でも散々嫌な目に遭ったり悔しい思いをして会社で泣いたりしたのにこの会社に入ってからその心を忘れているのではないか。全く興味を持たない人を振り向かせることが営業の真骨頂であると思い出したのだ。「甘えるな!」と自分に言い聞かせて僕は再びあのバイヤーとアポを取ろうと色々策を考えた。寝具業界の話題から自分たちの商品開発のアドバイス・・・時には天気の話題や芸能ネタでも何でもいい。とにかく敵的に訪問していくことを決めたのだ。
そして2回、3回と会っていくうちに僕は気がついたことがある。それはバイヤーはどんなに忙しくても必ず時間を取ってくれるのだ。この2年間「今週はダメ」とか「今、時間がないんですよ」と言わないのだ。聞いたことがない。そして必ず「うちとしたいならさ例えば・・」とヒントをくれる。やっぱり何度も会わないと分からない事が多い。
寅さん営業と名付けよう!
そうか!あの1回目のいじわるな質問は僕を確かめていたのだ。いじわるな質問に答えられないようじゃ客を説得できない。国内で大流行しているわけでもない木綿ふとんを今の時代に百貨店で常設するのは難しいことだ。だからこそ語れる「ポリシー」を作りなさい・・・。そういうことを言いたいのだろう。
 僕はすんなりここの商談がいかなくて良かったと思う。バイヤーも木綿ふとんにいまさら力を入れる会社なんて当社しかないから真剣なんだと思う。確かに人気や話題の商品というレベルではないから僕はこことの取引はあと3年はかかると思っている。いやそれぐらいの気持ちの方がいい。

そういえば春先に新しいカタログを持っていったらバイヤーから一言帰り際「こういうパンフレットを見るとがんばってるなっていうのは感じるよ。」と言われて僕は涙目になった。それは長い時間をかけて商談しているからこそ得た感激のシーンだった。
最近はエレベーター前まで僕を見送ってくれるのだ。恐縮してしまう・・。飲んでいる席で「そこの百貨店は難しいからあきらめたら?」とネガティブに言ってくる仲間もいる。
2年であきらめてどうする?と僕は反論している。だがまだまだ片思いであることは確かである。僕はこのバイヤーとの商談を「寅さん営業」と名付けて活動していこうと思う。寅さんだって片思いばかりしているが他人が味わえない幸せを経験しているんだ!

次回は「悲しい!ウルトラマン5つの誓い」について書きます。
新年も引き続きご愛読を宜しくお願いいたします。

九代目 原田浩太郎

※このコラムは2006年9月に執筆されたものです

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